「マネキンの話 ーマネキン作家が語るー 欠田 誠」

第86話 『植木茂アトリエ記念館』を訪ねて

昨年の8月11日、長野県白馬村の『植木茂アトリエ記念館』を訪ねました。植木茂さん(1913-1984)は日本における抽象彫刻の先駆者で、木彫を主に、作品は全国各地の美術館に収蔵されていますので折に触れ作品を目にする機会があります。一昨年2014年9月には島根県立美術館で生誕100年の記念展が開催されました。
 「植木茂アトリエ記念館の作品類も出品され作品の多くが美術館に移されており、現在はいろいろな道具類や、好きで集めた収集物、資料などの展示が主で、仕事場の雰囲気とかが見られるアトリエ記念館になっており一般の美術館とは一寸異なる趣になっている」と記念館を管理されている長女の小林(植木)未魚子さんから聞かされていました。植木茂さんの作品は、暖かさを感じさせる有機的なフォルムの抽象彫刻、木彫《トルソ》の連作で知られていますが、実際の活動は、建築やインテリア、クラフトなどあらゆる生活空間に独創的な造形活動を行い、素材も木、金属、ガラス、プラスチックス,紙、など多岐にわたり遊具や洋酒のボトルデザインなども手掛けられています。このような創作はどのような土壌・環境から生まれたのか、一般の美術館とは一寸異なる趣になっている植木茂アトリエ記念館を是非訪ねてみたいと思いました。この機会にカタログ資料などを参考に確認させていただきながら植木さんの思い出を少し紹介したいと思います。

植木茂さんは1952年に、大阪阿倍野区昭和町の、ヘレンケラー財団が作業場に予定していたライトハウスに転居して来られ、仕事場と住居が一つになった広いスペースのアトリエで制作をされていました。
私が大阪市立工芸高校の学生時代の事です。工芸高校の1学年下に植木茂さんの長女、未魚子さんが入学されたのが縁で紹介していただきアトリエに度々伺うようになりました。制作の現場を見せていただいたり美術の話を伺ったり、アトリエでは木彫作品以外にも鉄棒を溶接して作った抽象的なオブジェの大作なども見ることが出来ました。
植木茂年譜によると1950年に自由美術協会を退会してモダンアート協会を結成、モダンアート協会展では木彫、金属彫刻、コラージュ、プラスチックスの作品などを発表しています。1955年第3回サンパウロ・ビエンナーレ国際美術展、1956年第28回ベニス・ビエンナーレ国際美術展に木彫作品を出品。日米抽象美術展[ニューヨーク]出品、など、さまざまな先端的美術運動にも参加した植木さんの1950年代は、生涯で制作や作家活動を最も盛んに行った時期ではなかったでしょうか、そんな時期に植木さんのアトリエに伺えたのはとても幸運で印象も強烈でした。
絵画志望だった私が植木茂さんに出会えたことは、彫刻、立体造形の魅力に目覚め、京都美大の彫刻科に進学するきっかけになりました。京都美大の彫刻科教授には辻晋堂、堀内正和、両教授がおられたので美大の選択に迷う事はありませんでした。

植木さんは1957年8月には豊中市上野に住居兼アトリエを新築して昭和町から転居されました。1957年は私が京都美大を卒業してマネキン会社七彩工芸(現・七彩)京都原形室に就職した年で、マネキンの仕事をしながら彫刻を作って二科展や関西総合美術展に出品する新たな生活が始まりました。植木さんとは展覧会の折にたまにお会いする機会がありましたが豊中のアトリエには伺えぬまま、私は東京へ転勤することになりました。

長女の未魚子さんは日建設計に就職してインテリアデザインの仕事に従事され、日本橋の丸善で陶芸作品の個展を開くなどインテリア陶器の世界でも活躍されました。
1964年にスキーのため後立山連峰の景色がみごとな白馬北城森山の地に山荘を建て、一家で自然豊かな生活を楽しまれたようです。

植木茂さんは1984年71才で亡くなられましたが、後半生はいわゆる美術界から少し距離を置いてわが道を歩み、山荘に来られては畑仕事や土地の人たちとの触れ合いを楽しんでいたとのことです。

1995年の阪神淡路大震災で豊中の建物は大きな被害を受け、維持し続けることが出来なくなり、そこを処分して、植木さんと地元の人たちとの触れ合いの場でもあった白馬山荘に隣接したこの地にアトリエと住まいの雰囲気を移すことにされたとのことです。
植木茂アトリエ記念館は2001(平成13)年に開館されました。アトリエ記念館では未魚子さんの陶芸の作品や文子夫人が旅先で求めた収集品なども見せていただき、未魚子さんの話を伺い、昭和町時代からの私の空白の時間が少なからず埋められた思いがしました。

私は彫刻を続ける為に生活の糧としてマネキンの制作を始めましたが結果はマネキンの制作に専念することになりました。植木さんとは違った造形の道を歩みましたが私の造形に対する考えは植木茂さんからの影響がとても大きい事を改めて感じています。

  • 写真
    ・植木茂アトリエ記念館にて、左 小林未魚子さん
    ・記念館入り口にて、後ろに見える建物山荘に隣接して記念館がある
    写真提供 筆者