「マネキンの話 ーマネキン作家が語るー 欠田 誠」

第63話 当世のマネキン事情

私は2年前に企業内作家から離れフリーな立場になりました。気持ちを新たに、現在の市場を自分の目で確かめ体感したいと思い、先ず。国内の市場を回り、次に海外市場をリサーチすることにしました。マネキン・ディスプレイの役割について私なりに確かめたいテーマがありました。
そんな時に東日本大震災と原発事故が発生し、事態が変わりました。私は、復興支援の旅行で災害地を訪ね、大きな衝撃を受けました。マネキンの微力さを感じながらも、何かしなければならない、マネキン作家として自分に何が出来るのかという思いを強くしました。
マネキンはいつも時代の変化と深く係わりながら世相をリアルに映して来ました。ディスプレイは人々に夢や希望を与えるものでなくてはならないと私は思っています。とは言えある程度心に余裕が無いとディスプレイは生まれないものでもあります。
日本が敗戦で一面焼け野原になり食べることさえままならなかった時に、いち早くマネキン造形の復活にかけた先輩達の心意気を感じます。

現在のマネキン界を見ると日本ばかりではなくヨーロッパやアジアなど世界の市場で使われているマネキンが似通っているように思います。ディスプレイの手法も同じようで際立った特徴は見られません。これはマネキンをディスプレイのツール(道具)と言うより服を着せて販売する為のツールと位置づけるもので、日本では服をマネキンに着せて売る イージーオーダー服全盛の時代(1950年から60年中頃)には、マネキンが売り場に林立して数多く使われ、商品は置くより吊るせ、吊るすより着せろ、と言われました。実際にマネキンに着せた服はよく売れましたのでそんなマネキンは需要も多く似通ったマネキンが市場で数多く見られたものです。今日の世界のマネキン事情がかつての日本と同じとは思いませんが、やはりマネキンは時代をリアルに映すもので、マネキンの使い方ひとつにその土地の文化や好みが現れています。

近年は世界同時不況で物が売れない時代、販売戦略として商品や店の個性化、差別化が共通のテーマになっていました。
震災で大きな被害を受けた日本は今復興に向かってかなり特殊な状態だと思っていましたが、事実は世界の市場も大して変わらない情況を見るにつけ、今マネキンは次の時代に向かって大きな変化の時を迎えているのではないか思います。

物は作らなければ世の中に出る事はありませんし、人の目に触れることもありません。今日の世界市場でのマネキンの類型化はマネキン企業がつくったとも言えるのではないでしょうか、どんな時代にも、マネキン・ディスプレイは人に夢や希望を与える欠かせない役割を持つものだと思います。私達にはそのようなマネキンを創作し提案し続ける使命があると思うのです。
それはマネキン制作の楽しみであり魅力でもあります。