「マネキンの話 ーマネキン作家が語るー 欠田 誠」

第27話 マネキンの役割について

2008年秋にアメリカで起こった金融危機は急速に世界中に広がり 今私たちは100年に一度と言われる世界同時不況の渦中にあります。物が売れない時代 ファション界も大変厳しい時代に直面しています。

私は1957年マネキン会社に就職してから今日までやく半世紀の間、マネキン・ディスプレー界で多くの変化を経験して来ました。景気不景気の波も何度かありました。今までに無い事が起こり、それだけに其の都度違った対応をしてきたように思います。
百貨店の業績悪化の主な要因は、多くの売り上げを締める衣料品の売り上げ不振といわれています。 
物があふれた飽食の時代に迎える不況の波はファション業界にとってはかなり深刻です。
経費節減のために先ず削られるのは宣伝広報活動に対する経費です。ディスプレー活動はとても大切なものですがその効果はすぐに 数字ではっきりと確認し難いものです。しかし過去の例が示すとおり企業や店が元気を取り戻し業績を伸ばすきっかけを作るのもVMDの見直し、VPの力である事は皮肉な事です。
私はマネキンやディスプレーは空気のようなものだと思っています。有る時はあまり気がつかないもの,無くなってはじめて気がつくものです。

物が売れるためには、先ずより多くの人に来てもらわなくてはなりません。人々で賑わい活気ある高揚した気持ちになるような環境を作らなくてはなりません。 シャッター街と化し、静まり返った地方の駅前商店街を見ると、人の流れを変える事、人を集める事の難しさを痛感させられます。

以前、百貨店が人離れで不振に陥った時期がありました。大阪の心斎橋筋に面したある大手デパートの宣伝部のデザイナーが、人の流れで賑わう心斎橋通りの人たちが どうして、この店の前を素通りしてしまうのだろうと、いつも店の前に立って思案を重ね、結果 入り口に広いスペースを使ってメインディスプレーのステージを作り、ディスプレーを通して店の存在、特長をアピールする事で成功した例を思い出します。
当時の百貨店は売り場面積の効率化をめざして、ディスプ-のスペースが縮小され、ウインドーも売り場に変えられたりしていた時でしたので、この発想は正に画期的なものだったのです。

マネキンは集客力を高めるためのディスプレーに欠かせない存在です。そして、訪れた人たちに商品を美しく魅力的にアピールする販売促進のためのツールとして、有能な販売員の役目を果たすものでもあります。
マネキンの主な役割は下記の2つに分けられます。
(1) 人が集まる魅力的な環境、空間を作ること、そのために効果的なディスプレーが出来るマネキン。デザイナーにディスプレーの夢を膨らませるようなオブジェとしてのマネキン
(2) 顧客に商品の良さ、特長を分かりやすくアピールできるマネキン。
ファッションデザイナーの服つくりのコンセプトを表現しパタンナーの服つくりのこだわりに答えられるマネキン。

最近ヨーロッパのディスプレーをリサーチした人の話や、昨年暮れのニューヨークのディスプレーをリサーチした人の話を聞いて感じる事は、ニューヨークでは(1)の傾向がより顕著である事、ヨーロッパでは(2)の傾向がより顕著である事。が分かります。
特にニューヨークのクリスマスシーズンのディスプレーはマネキンに服を着せる事は二の次、オブジェとしての効果的な表現が目立ち、奇抜な彩色であったり、マネキンを機械で動かしたり、このようなディスプレーはかなり集客効果があったようで、人々で賑わい活気が感じられました。それでもニューヨークのクリスマス商戦はかなり不振だったとか、今回の不況の深刻さが感じられます。

マネキン業界にいて、今回の不況に対するファション業界の対応は以前と少し違ったものを感じています。大掛かりな店の改装や新規出店の計画の多くは中止されたようですが、メーカーが各ブランドのオリジナルマネキンの開発に、むしろ力を入れようとしている動きが感じられます。これ等の現象はかっての不況時には見られなかった事ですが、当時の教訓が今日に生かされているのではないかと思います。現場の人たちが自分の権限と責任の範囲で何とか業績を上げようと真剣に対応し努力されている様子が伺えます。

多様化の時代 個性化の時代に対応するためにはいろいろなタイプのマネキンが求められていると思います。それはマネキン造形の可能性にチャレンジするチャンスでもあります。

私たちの仕事は、変化に対応していく事と同時に、より高めていく役割があると思っています。